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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)10号 判決

原告 大森敬一郎

被告 岩手県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告岩手県知事が昭和二四年一月一日付岩手り第四七七五号買収令書をもつて買収時期を昭和二三年一二月二日と定め、岩手県二戸郡浄法寺町大字浄法寺字浄法寺七五番の一宅地四一坪、同上同番の二宅地二七坪についてなした附帯買収処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、本件二筆の宅地は、原告の所有地で、原告はこれを大工の訴外小田島藤八に賃貸していたところ、同人は旧浄法寺町農地委員会に対し旧自作農創設特別措置法第一五条第一項に規定する右各宅地の附帯買収の申請をなし、同農地委員会は、これにつき、昭和二三年一一月二五日、買収の時期を同年一二月二日、被買収者を原告の父訴外大森彦四郎とする附帯買収の計画をたて、被告はこれに基いて、右訴外人を名宛人とする昭和二四年一月一日付岩手り第四七七五号買収令書をもつて右宅地の附帯買収処分をなしたうえ、同年一二月二日同法第二九条の規定により右小田島藤八にこれが売渡をなし、同月二八日その所有権移転登記手続をなした。

二、しかしながら、右買収処分には次の如く重大かつ明白な違法があるから右処分は無効のものである。

1、右買収処分は、被買収者を誤つた違法がある。すなわち、本件宅地の所有者は前記のとおり原告であるにも拘らず旧浄法寺町農地委員会は、これを訴外大森彦四郎の所有地として同人を被買収者とする買収計画をたて、被告はこれに基き同人から本件買収処分をなしたものである。故に、本件買収処分は被買収者を誤つたものであつて何らの効力もない。

2、本件買収令書は、原告に交付されていないことはもちろん、右彦四郎は当時故あつてその住所から失踪中だつたので、右同人に交付された事実もないから、右買収処分は適法な令書の交付を欠くものとしてその効力を生じない。

3、訴外小田島藤八は、右買収計画樹立当時同町大字浄法寺字樋田、同上字小池、同町大字御山字大坊、同上字桂平、同上字大手、同上字海上田所在の合計田二反歩、畑五反七畝を耕作しており、当時すでにその一部は国から売渡を受け、その他は売渡を受ける見込のあつた小作地であつたが、がんらい右藤八は、自作農として農業に精進する見込ある者でもなければ、その主たる所得を農業から得ている者でもない。すなわち藤八方は当時同人夫婦に幼少の子供六人の家族からなり、労働力ある者は右夫婦のみであるのに、藤八は大工職を本業とし、現に浄法寺町古参大工の一人として同町大工同業組合の監事を勤めている。故に、藤八方の農業は大工の傍らに行う副業でその作業も多く人頼みによつて行つている実情である。故に、藤八は自作農として農業に精進する見込あるものでもなければ、その主たる所得を農業から得ている者でもない。そうすれば、かかる附帯買収申請権を有しない者の申請によりなされた本件附帯買収処分は違法である。

4、本件宅地のうち七五番の一の宅地上には藤八の居宅が建在するが、その居住者たる藤八は大工であり、その建物の構造も大工の仕事場向に建てられているから、右建物はなんら同人の農業経営に使用されているものということはできない。

また、同上七五番の二の宅地は、藤八自らは使用せず、これを昭和一六年頃から桶屋である訴外久保田正助に転貸し、右同人は昭和三二年まで引続きこれを使用していたものであるから、これまた藤八の営農にはなんらの関係もない。のみならず藤八が自作農創設特別措置法によつて売渡を受けた前記各農地と本件宅地との間には一粁程の距離があり、また本件宅地は浄法寺町の市街地の中心部に所在する。

以上の事実によれば、本件買収処分は藤八の売渡農地の経営に必要な場合に該当しないか、または附帯買収を不適当とする場合に属するから、この点を無視した本件買収処分は違法である。

以上の違法はいずれも重大かつ明白なものであるから、本件附帯買収処分は無効である。よつてその確認を求めるため本訴に及ぶ、と述べ被告主張の本件買収計画の公告、縦覧及び承認に関する手続は認める、と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の主張事実に対し次のとおり述べた。

一、原告主張事実一のうち、本件宅地がもと原告の所有で、同人がこれを大工職を営む訴外小田島藤八に賃貸しておつたこと、右訴外人がこれにつき自作農創設特別措置法第一五条の規定により附帯買収の申請をなし、旧浄法寺町農地委員会は右申請に基き、被買収者を訴外大森彦四郎としたとの点の外、原告主張のような買収計画をたて、被告知事がこれに基き名宛人が右訴外人であるとの点の外その主張のような買収令書を発行し、本件買収処分をなした上、右各宅地を藤八に売渡し、その所有権移転登記を了したことは認めるが、その余を否認する。

本件買収計画を公告した日は昭和二三年一一月二五日、そして右同日から一〇日間書類を縦覧に供したところ、異議、訴願はなかつたので、旧自創法所定の県農地委員会の承認手続を経て右令書を発行したものであり、右令書は昭和二四年五月三〇日後記のとおりその名宛人である原告法定代理人大森彦四郎に交付したものである。

二、原告主張事実二については、次のとおり違法事由の存在を否認する。

1、被買収者を誤つたとの主張に対し、

本件買収処分当時、原告は未成年者であつたので、旧浄法寺町農地委員会の本件買収計画及び被告知事の買収処分は、いずれも原告の法定代理人たる大森彦四郎を被買収者としたものであるから、なんら被買収者を誤つた事実はない。もつとも、旧浄法寺町農地委員会は、右買収計画樹立の際被買収者たるべき原告が当時未成年者であつたので、その買収計画書類には原告の親権者法定代理人としてその所有小作地の管理に当つていた同居の父大森彦四郎を右法定代理人として表示すべきところ、たまたまその記載を誤つて単に大森彦四郎の氏名のみを記した買収計画書類を作成したものであり、被告知事またこれにならい前同様の名宛人の記載をした買収令書を発行したものである。故に右計画書類及び買収令書に被買収者として大森彦四郎の氏名のみが記載されていても、その記載の趣旨は原告の法定代理人たる彦四郎を表示したものであり、このことは右彦四郎において熟知するところであつたから、本件買収処分には前記書類作成上の手落ちはあつても、被買収者を誤つた違法はない。よつて原告の主張は理由がない。

2、買収令書が交付されていないとの主張に対し、

本件買収令書は、前記のとおり昭和二四年五月三〇日被買収者たる原告の法定代理人大森彦四郎に交付されている。前記のとおり原告が当時未成年者であつた以上本件買収令書は右原告法定代理人たる彦四郎に交付することを要し、かつこれをもつて足るから、右令書交付により、本件買収処分はその効力を生じている。故にこの点に関する原告の主張もまた失当である。

3、小田島藤八が自作農として農業に精進する見込みある者でないとの主張及び同人がその主たる所得を農業以外の職業から得ていた者であるとの主張に対し、

藤八が、原告主張のとおりの耕地を耕作しその一部は国から売渡を受けたものと同人の小作地であること、右同人が大工職を営み、また同人方の家族構成が原告主張のとおりであつたことは認めるが、その他は否認する。右藤八は、原告主張の耕地のほかに採草地三反歩を有し、家畜豚二頭、緬羊一頭、鶏一五、六羽を飼育する農家であつて、副業として大工を営んでいたものである。この地方の農業生産力は概して低いため、兼業農家は一般に見られるところである。したがつて藤八の所得は主として右の農業から得られていたから、右原告主張は理由がない。

4、本件買収処分は藤八の売渡農地の経営上必要がなく、また本件宅地は買収を不適当とする場合であるとの主張に対し、本件宅地のうち七五番の一地上には藤八所有の居宅が建在することは認めるが、その他は否認する。右居宅は、大正二年頃田畑合計一町余を耕作する専業農家であつた藤八亡父小田島米吉が建築しその住宅として使用していたものであつて、米吉死亡後は、藤八が同様目的に使用してきたものである。なお同宅地上には、右居宅建築の当時から約三坪の薪置場および風呂場があり、自家用として使用されてきた。

また、同上七五番の二宅地上には藤八所有の二階建建坪六坪二五の農作業場兼物置場約八坪の農機具置場、約三坪の家畜小屋が存在する。そのうち農作業場の一階は従来専ら藤八の農作業場として稗打ち、豆打ち、脱穀作業等に使用され、二階は豆類、穀類、いも類等収穫物を貯蔵する目的に供されていた。ただ昭和一六年頃藤八は右一階部分のみを期間は二年位の約で訴外久保田正助に賃貸したところ、同人は本件買収計画樹立当時なおこれを使用していたが、藤八の要求次第いつでも明渡す約束であつた。また農機具置場は、昭和一五年建築以来、原告の農具の置場に使用され家畜小屋では藤八所有の家畜が飼育され敷藁、鶏糞などの肥料を供給されていた。故に本件買収処分は藤八の売渡農地の経営上必要があり、かつ、買収を不適当とするなんらの事情もないから、この点に関する原告の主張もまた理由がない。

故に原告の請求は理由なく棄却せらるべきである。

(証拠省略)

理由

一、本件二筆の宅地が、原告の所有であつて、原告がこれを訴外小田島藤八に賃貸していたこと、旧浄法寺町農地委員会が、右訴外人の申請によりこれにつき昭和二三年一一月二五日、買収の時期を同年一二月二日とし、旧自作農創設特別措置法第一五条第一項に規定する附帯買収の計画をたて、同法所定の公告、縦覧及び承認の各手続を経、被告知事が右計画に基いて昭和二四年一月一日付岩手り第四七七五号買収令書を発行して、右宅地の附帯買収処分をなし、次いで同年一二月二日同法第二九条の規定により前記小田島藤八にこれを売渡し、同月二八日その所有権移転登記手続をなしたことは当事者間に争ない。

二、原告は、本件買収処分には重大かつ明白な違法がある旨主張するので、以下順次その主張につき判断する。

1、本件買収処分は、本件宅地の所有者でない訴外大森彦四郎を被買収者としてなされた違法があるとの主張について。

証人大森敬一郎、大森アヤ、竹本悦三、根口タチ、木戸口兼松の各証言を合せ考えれば、本件宅地の所有者である原告は、本件買収計画樹立の昭和二三年一二月二日当時は昭和一〇年六月四日生れの未成年者であり、その同居の父大森彦四郎が母大森シンとともに原告の親権者として本件各宅地の管理に当つていたこと、右大森家では原告所有の本件宅地の外、彦四郎所有の田畑五〇町歩位、山林原野五〇町歩位の土地が農地買収を受けたが、その際彦四郎は右買収令書及び買収対価の受領等の外に右農地委員会との間に右農地買収に関する折衝をも行つたことがある関係から、右農地委員会では、本件買収計画を樹立するに当つて、本件宅地が原告の所有であることの外、原告未成年のためその父彦四郎において原告の法定代理人となつていることをも判明していたので、これが被買収者を原告の法定代理人たる右彦四郎とする趣旨で前記買収計画を樹立したが、計画書類上被買収者たる右原告法定代理人の表示を不注意から誤つて大森彦四郎なる氏名のみをもつて記載し、原告の代理人名義の表示を落したものであること。その結果、右計画書類に基き発行された本件買収令書もまたその名宛人の表示として右同様の記載がなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすれば、他に特段の事情がない限り、本件買収計画書及び買収令書はいずれも被買収者の表示として大森彦四郎なる氏名のみを記載され、同人が原告の法定代理人たる趣旨の記載を欠く以上、右表示の外形に従つて、右買収計画及び買収処分の被買収者は大森彦四郎本人であつて、原告の法定代理人たる同人ではないものと解する外はないから、結局、本件各宅地の所有者でない彦四郎を被買収者としてなされた本件買収処分はこの点において違法であるといわねばならない。

しかしながら右認定のような事情、すなわち買収物件の所有者が未成年者であるためにこれと同居する父が親権者として従来から当該買収物件の管理に当つており、他の農地買収に関する農地委員会との折渉をも行つていたような場合には、右買収計画及買収処分が親権者本人を被買収者として行われても、これによつて事実上所有者の権利擁護のうえに格別の不利益を及ぼすものでないことが明らかであるから右の違法はいまだ重大かつ明白な瑕疵ということはできない。

よつてこの点に関する原告の主張もまた失当である。

2、買収令書が交付されていないとの主張について。

原告は本件買収令書が原告に交付されていないことをもつて本件買収処分の違法事由として主張するところ、前段認定のとおり本件買収計画は訴外彦四郎を被買収者として樹立され、右計画に基く本件買収令書は右同人を名宛人として発行されている以上、令書の交付手続としては被買収者たる右彦四郎本人に交付すれば足り、これを原告に交付することを要しない筋合であるから、この点に関する原告の主張は原告に令書の交付がなされたか否かの点を判断するまでもなく理由がない。

次に、原告は本件買収令書は右彦四郎本人にも交付されていない旨主張するので、この点を検討するに証人根口タチの証言により成立を認める乙二号証の一、二、同四号証の一ないし七、成立に争のない乙三号証の一、二、三に同証人、証人竹本悦三、木戸口兼松の各証言を合せ考えれば、大森彦四郎は、昭和二二年頃半年位の間家出をして居所をくらましていたこともあつたが、昭和二四年当時はその住所に在住していて、同年五月三〇日頃旧浄法寺町農地委員会事務所において、右彦四郎本人に対し本件買収令書の交付がなされたことが認められる。

証人大森アヤの証言、原告本人尋問の結果をもつてしても右認定を左右せず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうすれば、本件買収令書は適法にその名宛人たる彦四郎に交付されているから、本件買収処分が適法な令書の交付を欠くとの原告の主張もまた採用できない。

3、前記本件附帯買収申請人たる訴外小田島藤八が農業に精進する見込ある者でなく、またその主たる所得を農業から得ている者でない旨の主張について。

小田島藤八が農業を営み、本件買収計画樹立当時田二反歩、畑五反七畝を耕作していたこと、同人家の家族構成が同人夫婦に幼少の子供六人であつたこと、同人が大工職をも営んでいたことは、当事者間に争ない。

証人小田島藤八、久保田正助、藤本仁太郎、竹本悦三の各証言を合せ考えれば、右小田島藤八は、右の耕作地のほかに採草地三反歩を有し、当時家畜も豚、山羊一、二頭、鶏一五、六羽を飼育していたこと、右大工職は主として冬季の農閑期に従事していたものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。してみれば、右小田島藤八は、農業を主とし、大工業は農閑期の副業であることが認められるから農業が副業にすぎないとの理由のもとに、同人が農業に精進する見込みのない者であるとの原告の主張は当らない。また前認定の事実を成立に争のない甲四号証、五号証を合せ考えられば、右同人の主たる所得は農業から得られていたことが認められるから、この点に関する原告の主張もまた採用できない。

よつて原告の主張は理由がない。

4、本件買収処分は売渡農地の利用上必要がなく、また本件宅地の位置環境は買収を不適当とする場合であるとの主張について。

右宅地のうち七五番の一地上に小田島藤八の居宅が建在することは、当事者間に争なく、証人竹本悦三の証言により成立を認める乙一号証に同証人、証人小田島藤八の各証言、検証の結果を合せ考えられば、右藤八の居宅は、建坪二四坪、二階坪二〇坪位であり、その一階道路に面した部分土間及び板敷の約六坪のみはその構造上作業場向に作られ、右藤八がその副業である大工の仕事場に使用することもあつたが、その他の部分は前記農業を営む右同人とその家族の住居の用に供されており、さらに同宅地上にある約三坪の薪置場および風呂場は同人の住居の附属建物であることが認められる。

また前記乙第一号証に証人小田島藤八、竹本悦三、久保田正助、藤本仁太郎の各証言を合せ考えれば、七五番の二宅地上には藤八所有の建坪約六坪二階建の建物約八坪の農機具置場約三坪の家畜小屋が存在しているところ、同人は昭和一六年頃右二階建建物の一階部分を久保田正助に賃貸し本件買収処分当時も他に住居を見つけ次第明渡す約束で同人を居住させていたが、同建物の二階部分は藤八が農作物の置場として使用し、また、右農機具置場には藤八の使用する農機具が格納されており、前記家畜小屋は藤八所有の豚、山羊、鶏等家畜の飼育に使用され、藤八が営農上必要とする肥料の供給源ともなつていたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用せず、他に右認定を左右する証拠はない。してみれば右宅地は右小田島の解放農地の利用上必要なものであることが窺われるから、この点の原告主張は採用できない。

さらに訴外小田島藤八が、国から浄法寺町大字浄法寺字樋田、同上字小池、同町大字御山字大坊、同上字桂平、同上字大手、同上字海上田所在の田二反歩、畑五反七畝の売渡を受け、耕作していることは、当事者間に争なく、証人小田島藤八の証言に検証の結果を合せ考えれば、本件宅地と右解放農地との距離は約四〇〇米ないし約三粁で、その間徒歩約三、四分ないし、約三〇分を要し、必ずしも遠隔とはいえないことが認められ、また、検証の結果ならびに前記竹本の証言によれば本件宅地が浄法寺町の市街地中に介在するけれども右市街地は周囲を農耕地に囲繞され本件宅地から近いところで七〇米位、遠いところで一五〇米位でこれら農地に至ることができ、かつ右市街地は農業を兼業とする居住者が多く半農的な集落ともいえる状態にあることが認められる。以上認定の事実によればいまだ本件宅地の位置環境が買収を不適当とする場合であることは認められない。よつて、この点に関する原告の主張もまた採用できない。

三、以上認定のとおり、原告の主張はすべて採用できず、その請求は理由がないから、棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢 中平健吉 山下進)

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